2020年2月25日火曜日

新型コロナウイルスとカナダ留学プログラム中止までの経緯

1年以上かけて準備をしてきたカナダ観光英語プログラム(2020年3月22日〜30日)の実施について2020年2月20日(木)に学部長と相談の上で、中止することを決定しました。苦渋の決断ではありましたが、決断に至るまでの経緯を備忘録がてらまとめておきます。

観光英語プログラムがない

私が所属する英語英文学科には卒業後の進路としていわゆる観光業(旅行会社やホテル、航空会社など)を考えている学生が一定数います。でも他学部には観光について学ぶ授業科目があるのに、英語英文学科にはそのような科目がありません。ということで10年以上前からそのような科目を作りたいという想いを抱いていました。ですが実現するための障壁がいろいろとあり諦めかけていた2017年、以前の卒業生から突然連絡をもらいました。その後2018年4月に彼女に会うことになったのですが、話を聞くと彼女はカナダで日本人のカナダ留学をサポートする会社を立ち上げたとのことでした。そこで軽い気持ちで「観光に関連する留学プログラムがあれば良いと思っているんだけど、何か面白い企画があれば採用してあげるよ。」と上から目線で(笑)お願いしました。

するとこの卒業生がまたできる卒業生で、カナダの大学に連絡を取り早速プログラムの原案を作成してきました。私の最初の希望は「授業+企業でのインターンシップ」だったのですが、ビザの関係でインターンシップは難しそうだとのことで、「授業+企業視察」というプログラムに落ち着きました。私の勤務校では国際センターが留学プログラムの担当ですが、今回はあくまでも試験的に実施するということで、学部予算を利用し私が引率して学生に奨学金を支給するという形に落ち着きました(と簡単に書いていますが、当然ながら学内の調整には時間がかかりました)。

参加者が集まらない

2019年度に入りいよいよ募集開始です。試験的なプログラムなので管轄部局もなく、すべて私個人でやらないといけません。2019年5月に英語英文学科の学生を全員を登録しているMoodleのニュースフォーラムを利用して、6〜7月に3回説明会を開催するお知らせを流しました。この留学プログラムの最少催行人数は10名(10名に達しないと一人当たりの金額が上がる)、説明会の参加人数は36名だったので、この時点では楽勝だと思っていました。説明会では「申し込み締め切りは9月末だけど、希望する人は7月末までに申込書を出してね」と伝え、気楽に待ちました。結果、7月末までに申し込んできたのはたったの2名...。9月末までに申し込んできたのは5名の計7名...。仕方なく再度Moodleで広報をし、プログラムに興味を持っていそうな学生に個別に連絡を取った結果、10月末にようやく13名の参加希望者を集めることができました(うち1名はその後キャンセル)。

ここまで人が集まらなかった原因は主に2つあると考えていて(1)開催時期、と(2)価格です。(1)については留学先と相談の上で「航空運賃がそこまで高くなくキャンパスに学生がいる時期」ということで3月末に設定したのですが、このプログラムに興味を持つ3年生にとっては就職活動がスタートしている時期であるため、複数の学生から「時期が悪い」と言われました。(2)については航空運賃を含めて総額で約30万円の価格設定でした。事情がわかる人にとっては決して高くない金額ですが、1週間のプログラムでこの金額の設定に躊躇した学生もいたようです。そもそも英語英文学科には留学を予定している学生が多く、他のプログラムと比較した時の割高感は否めなかったのだと思います。

ひとりでやりたくない

2019年度秋にようやくプログラムの実施が決定しましたが、そこからも大変でした。申し込み後はキャンセル料が発生することを了承してもらうための誓約書の作成、卒業生の会社とのやり取り(受け取ったメールだけで計72通)、留学先への支払い、航空運賃の支払い、などなど。責任を取る部局はなく私個人の責任でやっているので、何から何までプレッシャーでした。ただし幸いなことに参加希望学生の意識は高く、書類提出締切日をすぎる人、料金の支払いを忘れる人は誰もいなかったので、助かりました。そして1月29日には卒業生が一時帰国のついでに説明会に参加してくれ、彼女の今までの体験談やビザeTA取得の手伝いなどを行ってくれたので、これまた助かりました。そして何より学内の稟議ですべての書類を作成してくれた職員の方の有能さには頭が下がります。

1月29日の時点ではすでに新型コロナウィルスは流行を始めており、ダイアモンドプリンセス号のニュースが連日テレビで放映されていました。説明会当日に学生に言ったことばは「このままカナダでの感染者数が増えないようであればプログラムは予定通り実施します。ただし状況は読めないので万が一の場合には中止にすることもあります」でした。私がこの時点で危惧していたのはカナダの感染者数増加ではなく、日本人の感染者数の増加でした。感染者が爆発的に増加すれば日本人の入国を断られる可能性もあると考えていたのです。

決断できない

そこからプログラム中止を決めるまでの毎日は想像以上につらい日々でした。私が単独で行くのであればおそらくこのブログを書いている時期(2020年2月25日)でも中止という決断は下していなかったと思います。実際、2月8〜9日は家族旅行で山口、2月15〜16日は出張で沖縄に予定通り行きました(2月26〜28日の熊本出張も行く予定でしたが、学会が中止になりました)。

ですが今回は責任を取る部局もなく、何かあった場合には私が大きな責任を負わなければいけません(その後、学内調整の上で表面上の責任部局はできた)。新型コロナウイルスの感染者が増え続ける中で、2月上旬の大学の方針としては「中国でのプログラムは中止。そのほかのプログラムについては予定通り実施。」でした。ということで参加予定者が不安に思わないようにできるだけ情報収集に努め、参加希望者にもメールを送り続けました。頻繁に見たのは以下のサイトで、ほぼ時差なく感染者数の増加がわかります(精神衛生上見続けるのはお勧めしませんが)。

Coronavirus COVID-19 Global Cases by Johns Hopkins CSSE

また同時に海外でどのようにニュースが報じられているかについての情報収集も行いました。統計上は日本の感染者数としてカウントされていませんが、クルーズ船ダイアモンドプリンセス号のニュースはどの英字新聞でも大きく扱われていました。またその際には必ずJapanという国名が記事の中に入っていることもわかりました。と同時に海外でアジア人を標的としたヘイトクライムのようなものも起きつつあるとのニュースが入ってくるようになりました。今回のプログラム参加者の中にははじめてパスポートを取ったという海外初心者も複数名いました。私自身も多少不安に思っているのに、このような学生および保護者はどれだけ不安に思っているかも気がかりでした。

この頃からカナダからも心配するメールが届くようになりました。また取り急ぎの決断としてプログラム実施1ヶ月前(2020年2月21日)までには実施の可否を決めて欲しいと言われました。そこで2月18日の時点で「広島では現時点では感染者が確認されていないこと」「本学の留学プログラムは予定通り実施されていること」を理由に、「現時点では予定通り実施します」とメールで回答を送りました。

実施できない

プログラム中止を決めた決定打となったのは神戸大学の岩田健太郎氏の告発動画でした(カナダにメールを送った後にYouTubeに投稿された)。現在は削除されていますが、英語でメッセージを発信したことにより、岩田氏の動画は1〜2日で世界中に拡散されました。このことにより海外で「日本では感染の封じ込めができていない」という意見が広まるのを危惧しました。また何よりも動画を見たあと、私自身が日本政府の対応を信用できないと思ったのが決断することになった大きな理由かもしれません。そこで学部長と協議の上で、2020年2月20日の午前10時に正式に中止を決定しました。

中止を決めた主な理由は以下の通りです。

・初海外の学生が2名おり、学生および保護者の不安は計り知れない
・日本国内(特に首都圏)においてイベントの中止が相次いでいる
 (日本国内および飛行機での移動が不安)
・万が一学生が感染したままカナダに入国した場合の対応が難しい
・アジア人の集団というだけで不安に思う現地の人も多い


楽観的に考えればプログラム実施予定だった3月下旬にはピークを過ぎているかもしれません。ですが悲観的に考えれば東京オリンピックの開催さえも危ぶまれる状況に突入しているかもしれません。何よりも先行きがわからないのが怖い。各国のニュースおよびSNSをチェックすれば途方もない量の情報を入手することができます。ですが、誰しも未知のウイルスと戦っているわけで、専門家でない私がその莫大な量の情報を峻別することは不可能に近いと感じました。そこで「私が自信を持って学生の安全を保障する」と言い切れないのであれば、中止すべきだと判断しました。1年以上時間をかけて準備してきたプログラムを何が何でも実施したいという思いもどこかにありましたが、私だけが行くのならともかく、その意地にしがみついて実施するのは何か違うと感じたのです。

終わらない

ここで終わりのはずですが、キャンセル料の支払いなどの手続きにまだ追われています。今回の特別な状況を勘案して、カナダの留学先の大学および卒業生の会社はキャンセル料(ひとり500カナダドル)を免除してくれました。航空運賃はすでにキャンセル料が発生する時期になっていましたが、これについても大学の柔軟な対応で私の勤務校が負担するということになりました(おそらく3月に入ってからのキャンセルだと大学は対応できなかった)。

せっかく1年以上かけて作り上げてきたプログラムなので2020年度の同じぐらいの時期に再チャレンジできればとも考えています(学生募集から始まり一連の大変なプロセスを繰り返すのはちょっと嫌ですが)。そのためにも「(学生は行かないが)私は予定通り3月にカナダに視察に行ってくる」と主張したのですが、「目的外」ということであっさりと却下されました...。残念!