2011年6月4日土曜日

大学教育学会第33回大会

 2011年6月4日(土曜日)~6月5日(日曜日)の日程で大学教育学会第33回大会が開催された。会場は1日目が桜美林大学多摩アカデミーヒルズ,2日目が町田キャンパス。以下,学会参加の覚え書き。

今回の総合テーマは「大学教育の質とは何かーふたたび大学のレゾンデートルを問うー」であった。大学教育における質保証は近年の最大の関心事とされており,シラバスやGPA制度の導入,成績評価の厳格化などさまざまな改革が求められている。いままでは大学の画一化を促進してきたが,今後は独自性を追求してく必要がある。このような観点からシンボジウム,ラウンドテーブル,自由研究発表などが行われた。

<第1日>
シンポジウムI  現代における生涯発達と大学教育
以下の3つの発表およびディスカッション。
山崎洋子(武庫川女子大学)「キャリア形成とライフサイクル」
筒井洋一(京都精華大学)「大学入学のレディネス」
発表要旨録集とは違うタイトルで「大学教育のジェネリックスキルと教育方法」というタイトルでのお話をされた。主には「言語表現科目」,日本語表現法科目の拡大についての話であった。1990年代初頭には数パーセントの実施率だったものが,2010年には実施する大学が85%へと拡大してきている。このような科目を導入することにより,形式面でのスキル向上の効果がある。また担当者として非専門家が参入するという特徴がある。日本語表現法の今後の方向性としては1)専門的な深化,2)ステークホルダーの拡大,3)社会への拡大,などが考えられる。また今後の課題として1)「話す,聴く」の重視,2)相手を意識すること,3)相手の話を聴くことがある。最後にキーワードとして「専門的な能力や知識「異質なものとの共存」「社会で生きる意味」「ダイアローグ」を挙げられた。

足立寛(立教大学セカンドステージ大学事務室)「生涯発達と大学教育」
2008年に開校した立教セカンドステージ大学の説明。団塊世代を中心とするシニア層のニーズや特徴に注目しできるかぎり安い受講料(登録料込みで年間40万円)で50歳以上の人を対象とした教育を展開している。その大学の概要および課題や問題点などについてデータを交えながら説明をされた。

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フロアからの質問としては「生涯発達」と「生涯教育」の差が不明瞭との指摘,また「言語表現科目」などのコミュニケーション能力育成のための科目に対する疑問が呈された。残念ながら生涯発達と大学教育とのかかわりがあまり理解できなかった。

シンポジウムII 大学教育における質保証の実践的展開とその意味
 
川島啓二氏(国立教育政策研究所企画員)と中村雅子氏(桜美林大学)の司会で始まったシンポジウム。若手の研究者を中心とした発表で活発な議論が交わされるシンポジウムとなった。発表は以下の3つ。

佐藤浩章(愛媛大学)「3つのポリシーの策定と一貫性構築によるカリキュラムの質保証」
3つのポリシーの策定と一貫性構築の取組みは1)説明責任,2)学生の学習効果を最大限に高める教育・学習戦略としてだけではなく,3)教職員がカリキュラム開発手法を学ぶ能力開発の機会(FD)として位置づける必要がある。この取組みを組織的に展開する手法として愛媛大学での実践事例を紹介された。

  1. ・組織体制づくり
学部教員,学部教育責任者,全学教育担当管理者(教育担当理事・副学長),全学FD担当者(高等教育センター等教職員)の4者が関与して全学的に進めることが望ましい。愛媛大学では教育企画室(全学FD担当者)が主催する2007~2009年度の4年間に「学士課程の体系化」をテーマにした教育コーディネーター(学部教育責任者)研修会(全18回)を通して取組みを進めた。

ステップとしては1)目指すべき人材像(私立大学の場合は建学の精神,国公立大学の場合は大学憲章などを策定
),2)ディプロマ・ポリシー(教育活動の正課として学生に保証する最低限の能力<卒業時>を記載)の策定,3)アドミッション・ポリシー(DPの内容と混在したり,それを超えてしまうようなものであってはいけない)の策定,4)カリキュラム・ポリシーの策定(カリキュラム・チェックリストやカリキュラム・マップの作成),5)カリキュラム評価手法の策定(試験,面接,観察評価,卒業論文,ラーニング・ポートフォリオなど),の順番に行い,PDCAサイクルを持続的に循環させていく。愛媛大学では2010年度にコーディネーター研修会で,カリキュラム評価結果の自己点検を行った。

本取組みの効果を検証するために教育コーディネータに対してアンケートおよびインタビュー調査を行ったところ,教育目標を構成員で共有できた,シラバスの書き方に統一性が見られるようになった,受験生への説明がしやすくなった,という点において成果が認められた一方,全教員への浸透が困難,学生への周知ができていない,教育コーディネーター作業負担などに課題が残されていることが明らかになった。また専門分野の知識特性も影響を与えている(例えば文系の学部ではカリキュラム・マップを作りにくいなど)。

筒井泉雄(一橋大学)「GPA制度本格導入と成績評価を考える」
一橋大学では7年間の議論を経て2010年度よりGPA制度を導入した。その契機となったのは学生による成績評価アンケートと大学審議会の答申であった(また後援会からの留学を意識した強い要請)。本発表ではその経緯や成果を報告された。

一橋大学では卒業要件としてGPA 1.8(条件が整えば2.0を検討する)を課している。またGPA制度のサポートとして「履修撤回(成績が危ういと思えば履修を撤回できる)」,「上書き再履修(成績の悪かった科目を取り直すと成績が上書きされる)」などを導入した。また緊急の対応が必要とされるものに,低GPA取得者の対策がある。そこで語学や体育などの必修のクラスを理容師,低GPA学生を早期発見するとともに,履修相談や指導なども行っている。2010年度のデータとしてはGPAが2.0以下の学生は160/1000名(夏),120/1000名(年度末)であった。面談などをして対応したが学校に来ない,あるいは発達障害などの問題も明らかになり,今後の新しい課題として対応が必要である。

またGPA導入により明らかになったのはいわゆる楽勝科目への殺到,クラス分けのためのTOEIC受験における手抜き,などが挙げられる。またゼミなどの評価はE ,Fの2種類でありGPAには反映されないなどの問題もある。

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フロアからの質問が集中したのがこの発表。「そもそも何でGPAを導入したのか」,「好きな科目をがんばり,嫌いな科目は合格ラインすれすれで単位を取るような学生はだめなのか」などの質問があった。筒井先生によれば足掛け7年間の議論を経て導入を決めたということであるが,発表で報告されいているような状況は,実施前から想定できるものが多いのではないだろうか。GPAは現在の高等教育におけるキーワードのようになっているが,そもそもの導入の目的についてもう少し議論を深める必要があるだろう。

山田剛史(愛媛大学)「学生調査の開発とマルチレベルFDとの連動による教育の質保証」
2011年4月より愛媛大学教育・学生支援機構教育企画室に移られたそうで,本発表は島根大学教育開発センターに所属していた時の報告。

教育の質保証という文脈において学生調査(アセスメント)は重要な役割を果たしている(assessmentは価値判断を伴うものであり,evaluationは中立的なものであり,目標が必要)。近年は教員の印象や経験に依存した改革ではないIR(Institutional Research)が注目を集めており,その中でも教学領域に特化したものを教学IRと呼び,学生調査の開発・実施・運用も含んでいる。

こうした学生調査は改善・向上(Improvement)を目的としたものと説明責任(Accountability)を目的としたものが存在し,どちらに依って立つかによってアプローチは異なってくる(前者はFD,後者は外部評価と親和性が高い)。

島根大学教育開発センターでは,「学生の学びと育ち」をとらえるための各種学生調査を行っている。主なものとしてはミクロ学生による授業評価),ミドル(初年次学生調査(プログラム評価)),マクロ(入学時調査(診断的評価),卒業生・修了生調査(統括的評価))などがある。各種調査ではカレッジ・インパクト理論(Pascarella & Terenzini, 2005)のI-E-O (Input, Environment, Outcome/Output)モデル(Astin, 1993)や学生エンゲージメント(Student engagement)研究(Kuh, 2001; Harper & Quaye, 2009)を分析の参照フレームとしており,調査の結果をそれぞれのレベルに応じて利用している。

継続的な実施,また結果を組織の意思決定や職員,学生へのフィードバックとして利用するといった点においては,まだ課題が残されており,インフラ整備や人材の養成,大学執行部による理解の深化なども必要になるだろう。

<参考文献>
Astin, A.W. 1993. Assessment for excellence: The philosophy and practice of assessment and evaluation in higher education, ORXY Press.
Harper, S.R. & Quaye, S.J. (Eds.) 2009. Student engagement in higher education: Theoretical perspectives and practical approaches for diverse populations. Routledge.
Kuh, G.D. 2001. Assessing what really matters to student learning: Inside the National Survey of Student Engagement. Change, 33(3), 10-17.
Pascarella, E.T. & Terenzini, P.T. 2005. How college affects students. Jossey-Bass.
Suskie, L. 2009. Assessing student learning: A common sense guide.

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個人的にはこのシンポジウムが一番面白かった。若手の研究者が大学でのFDに積極的にかかわった実践の報告であり,単なる経験や感想に留まらず,きちんとした海外での実践や研究成果にも基づいている。高等教育における研究はまだ発展途上なんだろうけど,今後こういった人たちが道を拓いていくんだろうし,そうであって欲しいなと思う。

<第2日>
テーブル3 大学におけるカリキュラムの設計と実施(カリキュラム・マネジメント)ー大学人の協働可能性ー
池田輝政(名城大学)「学士課程のカリキュラム設計における教職協働」
2008年3月専門を重視したリベラルアーツ系学部」コンセプトの全学合意。
R. Diamond (1998)のカリキュラムデザイン法に基づき,コース設計と全体設計を行う。

育成人材像(教育)と入学者像(学習)の議論と形成などを意識した上で,「科学コミュニケーション学部(仮称)」の設立を目指したが,大学協議会で不承認。

赤堀侃司「大学におけるインストラクショナル・デザイン(ID)
秦敬治(愛媛大学)「大学におけるかりキュラム・マネジメントのプロセス」
初等・中等教育を中心に教育課程経営(1984~1990年)→教育課程基準の大綱化・弾力化(1998~2000)→カリキュラム・マネジメント(2002年)。

カリキュラム・マネジメントを促進していく上での基軸の一つは関係者の協働である(中留)。

カリキュラム文化と組織文化の間には高い相関がある。

これまでは教員主体,職員主体でカリキュラムに関する分担をしていたが。これからは教員主体,職員主体,そして協働業務を行う必要がある。

P.F.ドラッカーの引用<組織や大学について>

サイクルとして考えその中で教職協働の一環としてチームで行うことが必要。また今までは専門教育,共通教育,正課外教育が分断されていたものを今後はリンクさせてマネジメントをする必要がある。愛媛大学では正課外ではなく,正課補教育と名称を変更することを検討している。

その他,気になった発表を備忘録。
皆本晃弥 他(佐賀大学)「佐賀大学学士力とチューター制度を利用したラーニング・ポートフォリオシステムの開発」
ポートフォリオで学士力を評価するという試み。

山藤誠司(桜美林大学)・安岡高志(立命館大学)「オンデマンド授業における学習意欲を継続させるための方策」
オンデマンド授業の問題点などを探った報告。今後こういった報告は必要になると思う。時間があれば,いろいろ質問したかったのだけど・・・。

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高等教育において,分野をまたがって様々な人たちが実践や改革を行っている様子がよくわかった。今回気になったのは学生が参画するFD(聞けなかったけど)があるということだ。「学生=顧客」という図式を鵜呑みにしてしまうのはまずいと思うんだけど,学生の声を受け止め教員の教育実践との擦り合わせを行うというのは大切なことだろう。

極論を言えば,今まで教育に無頓着だった高等教育機関が積極的に改善に努めていると言える。でも,こういう学会での報告を聞くとすべてが順調に進んでいるかのように思えるが,実際にはどこの大学でも様々な抵抗に合っているようである。

今回特に感じたのは今までは自分自身の経験や海外での研究をそのまま援用しているだけだったものが,少し説得力のある議論になってきているということだ。「高等教育学」というものがあるとすれば,それが形を作り始めているとも言えるかもしれない。正直な話,「教育」というものを科学的に話し合うことに関しては,少々疑問を感じていたのだが,今回の学会ではそのような私でもはっとさせられるような報告が散見された。