2年以上も前のことになってしまいましたが、自転車で事故に遭いました。以下は事故時の状況を記載する書類に書いた文章からの引用です。
「2024年1月6日(土)15時50分頃。天気は快晴。土曜日ということもあり、自動車の通行量は通常よりも少なめ。甲車は普通自動車、乙車は自転車。乙車は青信号で「自転車通行可」の歩道から交差点の自転車専用横断帯を利用して直進で交差点に進入。甲車は対向右折専用車線から、右折しながら交差点に進入。乙車を視認することなく前方不注意で(加害者の証言あり)強引に右折しようとしたため乙車と衝突。甲車は徐行しないまま右折し、乙車の前に割り込んできた。乙車はとっさにブレーキをかけたが避けきれず甲車の側面に衝突し、引きずられる形で転倒した」
この交差点は通る度に恐怖を感じる場所ではありました。交通量が多く横断歩道は無く自転車専用横断帯のみ。自動車は横断帯の前で徐行することなく左折する車も多く、左折車がいないかどうかは常に気にしながら渡っていました。とはいえ前方から来る車が自転車を見落とすほど視界が悪いわけではなく、まさか前方からの右折車にぶつかるとは思ってもいませんでした。右折車は僕を完全に見落とし、直進車がいないタイミングに急いで右折をしてしまおうと思っていたのでしょうが、僕からするとまさかそのタイミングで右折してくるとは予想もしておらず、いきなり目の前に現れた車を避けきれずそのまま車の側面に衝突しました。「マジか!」という思いと、「このまま転倒したら交通量の多い交差点で後続車に轢かれてしまうかも」という恐怖で、必死で自転車が転けないように堪えましたが、車が通り過ぎた後支えがなくなりそのまま転倒。受け身を取った際に右半身をアスファルトに打ち付け起き上がれませんでした。このままだと轢かれると思いましたが、自力で立ち上がることができず、救護措置に駆けつけた加害者の肩を借りて中央分離帯に運ばれました。その後救急車を呼んでもらい救急病院に緊急搬送されることに。身分証明証を所持していなかったので(そしておそらく頭部損傷の有無の確認のため)救急隊員に何度も名前や住所を確認されて辛かった。そしてマスクをしていなかったので「コロナワクチンを接種していますか?」と聞かれたのも印象に残っています。
あと2週間頑張ればその年度の担当授業が全て終わるタイミングでしたし、翌日には親戚の法事に参加することにもなっていました。右半身が痛いものの、アドレナリンも大量に出ており、何とかそのまま退院する気持ちで、まずは骨折の状況を確認するためにCT撮影。医者によれば、「肋骨が数本折れてますね。あ、あと鎖骨も折れているし、恥骨と尾骶骨も...」という診断。僕が「いやでも明日は法事に出なきゃいけないんで、法事に出た後にまた病院に来ます」と言うと、医者は「(無理だと思いますし)痛いと思うけどそれでも良いですよ」と帰宅の許可を出してくれました。その時は車椅子に座っていたのですが、診察料の支払いをしようと立ちあがろうとした瞬間、股関節に激痛が走りました。何度試しても立ち上がれないので看護師に相談すると、「そのような状況であれば入院した方が良いと思いますよ」と言われ、結局入院することに。その瞬間、アドレナリンの放出も(無事に笑)終わり、寝かされたベッドの上で動けなくなりました。肋骨が数本折れていたこともあり呼吸も浅くなりがちで、血中酸素濃度を計測したところ数値が低いということで、酸素吸入も始まりそのまま夜に突入。当然といえば当然ですが、痛くて当日は全く眠れませんでした。
以下備忘録がてら書いていた記録をもとに当時の状況を振り返っておきます。
Day 2(2024.01.07)
年度末の仕事が立て込んでいたこともあり、病室は個室に。痛みで1日中あまり動けず。骨折の状況を詳細に見るためにレントゲン撮影。血中酸素濃度は以前として低いものの、夕方あたりから改善傾向に。レントゲン撮影のために動くだけでも激痛が走るため、それ以外はずっとベッドの上で過ごす。
Day 3 (2024.01.08)
大学関係者および授業の受講生に明日以降の休みについて連絡をする。医者からは「恥骨の骨折の場合、少なくとも1ヶ月の入院は覚悟しておいてください」と言われ、愕然とする。身体の右側が痛く左側しか使えないのですべてiPhoneで。今日もレントゲン撮影をしたがやはり激痛。早くもリハビリ開始。右(恥骨)に力をかけず松葉杖を使えば歩けることを知り感激する。
Day 4 (2024.01.09)
いきなりモードが変わる。掃除関連の人が個室に出入りするようになる。血液・尿検査ののち、シャワーの許可が降りる。痛くないように気をつけながら服を脱いでシャワーを浴びたが体が自由に動かずかなり大変。そして事故後初めて見る自分の右肩の内出血に驚く。保険会社、警察の方たちとのやり取りもスタート。警察の方とは人身事故にするか物損事故ににするかという話、保険会社の方とは診察料をどうやって払うか決めてくださいという話。
Day 5 (2024.01.10)
簡単な健康診断とリハビリのみ。症状が落ち着いたからか急性病棟からリハビリ病棟への引越しを求められる。医師からは「この状態であれば2週間程度で退院できるでしょう」と言われ一安心。歩きすぎたせいか右の恥骨が痛くなってしまった。明日からの病室移動を指示される。
Day 6 (2024.01.11)
午後から病室を移動。個室重視のためかリハビリ病棟ではなく緩和ケア病棟の個室を当てがわれる。二階の急性期対応病棟はフットワークの軽い若手メインで元気溌剌な看護師が多く日替わりだったけど、このフロアは落ち着いた年配の看護師が多い。雑談も増える。夜にカレーが出てテンションが上がる。昼にようやく臥床食からの卒業。鏡開きということでお餅が出た。
Day 7 (2024.01.12)
昨日と同じスタッフが多く安心する。今日は人の出入りが少ない日。リハビリの川崎さんとリハビリしながらお酒の話をする。マッサージをしてもらう際に起きあがろうとするも自力で起き上がれず。先が思いやられる。右肩の内出血、肋骨の範囲にも広がる。おしっことお通じの回数を頻繁に聞かれるのでちょっと恥ずかしい。
Day 8 (2024.1.13)
土曜日ということもあり静かな1日。定期的な診察とリハビリのみ。昼の看護師は融通が利かず、熱があるじゃなんじゃらうるさい。挙句の当てに「入室はご遠慮ください」という札をドアに貼っているにもかかわらず突入してきてタバコくさい。
Day 9 (2024.1.14)
連日の読書および映画三昧。前向きに考えれば人生でこんなにゆったりとした時間はそんなに無いかもしれない。今日はロキソニンがよく効いていたのか、1日特に痛みに悩まされることもなく終わった。ここ数日お茶を飲みすぎたせいか夜の寝つきがちょっとだけ悪い。
Day 10 (2024.1.15)
忙しい病院ということもあってか主治医の診断も簡素でリハビリも短い。仕事をするにはちょうど良いもののちょっと物足りなさもあり。入院期間が長くなったこともあってか、顔見知りの看護師さんも増えてきた。緩和ケア病棟の中では若手。退院後の対応も含めて、弁護士の友人が来院し、今後のことについて相談をする。
Day 11 (2024.1.16)
日中の担当看護師はDay 8と同じ人。相変わらず融通が利かずちょっと面倒くさい。仕事していたらいきなり院長先生による回診が。「白い巨塔」を思い出し、本当にこんなのあるんだと感動したが、お付きの人が1人しかいなくてちょっとがっかり。リハビリは床に寝転がる練習だったが、ちょっと怖かったのでやめておいた。代わりに階段の上り下りの練習。
Day 12 (2024.1.17)
水曜日は午後休診ということもあってスタッフ不足なのか、何かと忘れられることが多い。今日は主治医の先生と今後の方針について相談。来週診断の後、近所の病院へ紹介状を書いてもらうことにした。リハビリははじめて外出。病院の周りを一周したが、久しぶりの外すぎて何だか不思議な気がした。
Day 13 (2024.1.18)
退院前日。やはり寝起きは肩と背中が痛い。ただ日に日に夜は寝れるようになってきた。意図的に昼のロキソニンを抜いてみたけどやはり地味に痛い。顔馴染みの看護師も増えてきたのでちょっと寂しい気もする。
Day 14 (2014.1.19)
無事退院。退院祝いにランチ、夕食共に外食。警察署に診断書を提出(診断書を提出することで物損ではなく人身事故扱いになるらしい)。
退院後は自宅勤務も交えながらタクシーなどを使ってしばらく通勤しました。
2024.2.12
外出先で松葉杖を使わずにはじめて外出。
2024.2.13
市電を活用しつつようやく公共交通機関で通勤。
2024.3.16
警察による実況見分
2024.4.13
警察による供述調書作成
2024.4.17
103日ぶりにチャリ通勤。筋肉が落ちすぎていてまともに乗れず。
入院後、松葉杖を使いながらでも歩けた時、松葉杖を使わずに歩けた時、自転車に乗れた時、半年に及んだリハビリが終わった時、には自然と涙が溢れました。現在は足の違和感は幸いなことに0ですが、鎖骨についてはいわゆる亜脱臼(一度外れた骨が元に戻り切れていない状態)のようで微妙な違和感が残ったままです。ですがいわゆる「重傷」の状態からここまで回復できたので、不幸中の幸いだと前向きに考えています。
SNSを見る限り自転車乗りを悪者にする論調が目立つ気がします。確かに逆走車も多いですし、十分に前後左右を確認せず運転したり、スマホを見ながら運転をしたり、といった悪質な自転車乗りが多いのも事実です。一方でいわゆる自転車や歩行者が優先されるべき場所で、多くの自動車が自転車や歩行者がいない想定で車を運転してしまっていることも事実です。僕は事故前も危険な運転をしているつもりは全くなかったですが、事故後はより一層気をつけて運転をするようにしています。それでも交差点で僕のことを見落として左折してくる(だいたい左折)車は一定数おり、僕は注意していなければ確実に何度か轢かれてしまっています。このような不幸な事故が少しでも減りますように。
さいごに事故で学んだことを2つ。
1. 自動車保険の弁護士特約に入っておくべき
車で加害者になることは想定していなかったので弁護士特約は付加していませんでしたが、自分が被害者になることも想定していなかったし、被害者の時にも特約が使えることも知りませんでした。加害者の加入していたネット保険の対応はかなり杜撰でひどいものだったので、そのような時は個人でやり取りをするのでは無く、弁護士に任せた方がストレスが少ないです。今からでも遅くないので未加入の人は入っておきましょう。
2. 痛い話にはみんな共感しがち
松葉杖を使わないと歩けない時には、その姿を見た「骨折経験者」が自らの骨折ストーリーを話してきがちです。松葉杖を使っていた期間中、いったい何人の骨折話を聞いたか数え切れません。共感してくれているということなのでしょうが、他人の骨折話を聞くのが嫌と言うよりは、聞く側のこちらも共感してしまい痛いので、あまり聞きたくはなかったかもしれません(笑)。





