2011年8月24日水曜日

第37回全国英語教育学会「がんばろう日本、がんばろう東北」山形研究大会

 2011年8月20日(土曜日),21日(日曜日)の日程で山形大学小白川キャンパスにて全国英語教育学会が開催された。開会式は東日本大震災で犠牲になった方への黙祷から始まった。山形大学は原子力発電所から100キロ程度しか離れていないが,放射能の影響はそれほど無いとのこと。僕は飛行機で午前中に山形入りして何の問題も無かったのだけど,19日(金曜日)は東京で大雨,午後3時頃には福島沖で進度5弱の地震がおきるなどトラブル続きで,山形入りに苦労した参加者の方もたくさんいた模様。地震のとき,実はワシントンホテル24階の展望ロビーにいたので,山形では震度3だったものの高層ビル特有の揺れに遭遇し非常に怖い思いをした。というか,地震の揺れを感じるのも久しぶりだった。それはともかく学会発表の覚え書き。

土岸真由美,大澤真也,岡田あずさ
「広島修道大学の英語教育におけるMoodle利用の実態」


 いきなり初日の午前中にあたってしまたんだけど,今回の学会参加の目的の1つ。広島修道大学で導入したMoodle利用の実態についてMoodleの統計機能を利用したデータを提示しながら説明した。主には1)ここ数年のMoodle導入の経緯,2)Moodleを利用したCan-doリスト調査,3)ユーザとしての教員・学生インタビューの分析,の3部構成。メインはインタビュー分析で,教員と学生がMoodleに対していただく意識をコーディングし分類した。今後はMoodleを利用して実施したアンケートの分析も行い,更なるeラーニングの普及につなげていく予定。

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聞きにきてくれた人が少なかったのは残念。全国英語教育学会しかもネームバリューの無い僕たちが「大学でのeラーニングシステム」について発表をするというのは,もしかすると場違いだったかもしれない。でも学会発表を1つの目標にすることで,インタビュー調査の分析を行うことができたので,今後はこの分析結果をもとに学内での普及促進につなげたい。


金志佳代子(兵庫県立大学),大年順子(岡山大学),久留友紀子(愛知医科大学),正木美智子(大阪国際大学),山西博之(関西外国語大学)
「EFL教室における書き直しツールとしてのライティング・ルーブリックの使用ー学生の認識調査と教員の評価結果をもとにー」

 日本の大学・短期大学における運用を目指して独自に開発したライティング・ルーブリック(評価ガイドライン)を,学生による「書き直しツール」として使用した効果を検証するもの。ルーブリックは内容・展開,構成,文法,語彙,綴り・句読点とそれぞれの下位項目から構成されいている(Kinshi et al. 2011. Revising a writing rubric for its improved use in the classroom. LET Kansai Chapter Collected Papers, 13, 113-124.)。一般的にはルーブリックは教師の評価ツールであるが,本発表では学生が書き直しを行うためのツールとしてとらえている。発表の目的は1)ライティング・ルーブリックを参照して書き直した際の認識結果を,質的・量的な側面から分析し,ライティング・ガイドラインとしての有用性を探る,2)ルーブリックを利用した学生のプレ・ポストエッセイの分析的評価,総合的評価を分析する,の2点。
 参加者は日本の3大学の大学生98名(C-Test平均はそれぞれ55.6,54.4,54.0)。手順としてルーブリックとモデルエッセイを提示した上で,英語ライティングの構造を説明。その後モデルエッセイとは異なるトピックについてプランニングさせた後,30分間のライティングを実施しプレ・エッセイを回収。1週間後フィードバックなしのエッセイを返却し,配布したルーブリックを参照しながら各自でエッセイを書き直すよう指導した。書き直し後,ルーブリックがどの程度役立ったかについて調査するため,4段階のリカーとスケールと自由記述からなるアンケート用紙を配布。指導開始から2週間後にプレエッセイ,ポストエッセイ,アンケート用紙を回収した。98名のうち,欠損値の無いことを前提に,英語熟達度のバランスを考え,20名をサンプリングした。エッセイは4名の日本人教員がルーブリックの項目ごと,そして総合的に見た質をそれぞれ10段階で評価した。
 結果,概ね学習者はルーブリックを役に立つものであると感じているが,文法や語彙については意見が分かれる結果となった。またポストエッセイにおいてはルーブリックの各項目,総合評価においてすべてが向上していた(t検定,効果量(r)も提示。効果量は.10以上が「小」,.30以上「中」,.50以上が「大」)。

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ルーブリックがどのような経緯で開発されたのかを知らないので,今後文献を読んでおこうと思う。自律学習の重要性が指摘されることの多い最近,このようにルーブリックを自律学習のツールとして利用するという発想は非常に興味深かった。気になったのはルーブリックの下位項目における記述がとても抽象的なものであるということ。たとえば,「構成」の下位項目として「文章の流れはスムーズである」というものがあるが,どういう書き直しを行えばスムーズになるかということを学習者は認識できるのだろうか?その意味では自律学習のツールとして利用するのであれば,より具体的な例を交えた解説があっても良いのではないかと思った。また実際にルーブリックを見てどのような書き直しをしたかについての質的な分析があると更に示唆に富んだものになるかもしれない。


沢谷祐輔(北海道小樽高等支援学校),横山吉樹(北海道教育大学札幌校)
「ピアレビューにおける学習者の作文能力とピアコメント、修正との関係性」

 
稲垣宏行(愛知県立岡崎西高等学校),山下淳子(名古屋大学)
「第二言語ライティングにおけるメタ言語的フィードバックの役割」

研究課題はメタ言語的フィードバックが宣言的知識・手続的知識を促進させるか,もしそうであれば目標言語項目(テンス・アスペクト,冠詞)によって差があるか,というもの。これらの項目はFerris and Roberts (2001)ほかにおいてフィードバックで習得が可能とされているもの。日本人大学生42名を対象に欠損値を除いた実験群14名,統制群16名を最終的な分析の対象とした。英語力はOxford Quick Placement Testを利用し測定した。
 宣言的知識を調べるものとしてエラーテスト(誤りに下線を引いて訂正し,理由を書く),手続的知識を調べるものとして英検準1級用の4コマ漫画を題材とし,Target-like useの計算式を利用してスコアを算出した(分母:n obligatory contexts + n suppliance in nonobligatory contexts, 分子:n correct suppliance in contexts)。手順として,事前テストを行い,6回のライティングに対するフィードバック処置を実施し,その後に事後テスト,3週間後に遅延テストを実施した。統制群には無いように対するgoodなどのコメントのみを与えた。遅延テスト終了後に両群の8名に対し,半構造化インタビューを行った。結果,エラーテストのテンス・アスペクトはgroupとtimeの主効果が有意,冠詞はgroupとtimeの交互作用が有意,ライティングタスクのテンス・アスペクトはgroupとtimeの交互作用が有意,冠詞はいずれの主効果,交互作用も有意ではなかった。インタビューの結果とあわせて,スコアの推移の方に共通するビリーフは上位安定型(文法への高い意識),ゆらぎ型(内容重視・文法軽視),向上型(L2習得への肯定的態度)の3種類があると考えた。
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まだ発表内容を消化しきれていません。

中村香恵子(北海道工業大学),長谷川聡(北海道医療大学),志村昭?(旭川実業高等学校)
「小学校教師の言語教師認知研究ーモデル化と質問紙の作成ー」


高橋幸(京都大学),金丸敏幸(京都大学),田地野彰(京都大学)
「アカデミックライティングのルーブリック開発に向けた能力記述文の分析」

 アカデミックライティングの技能を図る評価ガイドライン(ルーブリック)の開発に向けて,既存の能力記述文を収集し分析した。分析データは国内外のEAP関連コースを実施している大学のホームページやシラバス,報告書等について調査し,ライティングに関する能力記述文を抽出した(英国10,米国50,カナダ10,オーストラリア10,ニュージーランド5,日本20の計105校)。またCEFR, ACTFL Proficiency guidelinesのライティングに関するもの,TOEFL,GRE,IELTSのライティングセクションの評価項目から能力記述文を抽出した。それらを処理した後,TinyTesxt Minerで分析した。
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今後,実際の開発につながる前の前段階なのだろうけど,興味深かった。京都大学はアカデミックなものに限定している所がポイント。

石川慎一郎(神戸大学)
「Writing, Rewriting, Proof Writingー量的言語指標に見る可変性と不可変性」

 学習者コーパスを利用した学習者ライティングの言語特性の分析は行われているものの,専門家による英文校閲を行わせた場合,フィードバックを与えて学習者にリライトを行わせた場合に元のエッセイがどう修正されるかについての実証研究は十分ではない。そこで本研究ではそれら2種類のエッセイを比較した。利用したデータはInternational Corpus Network of Asian Learners of English (ICNALE)を利用して分析した。
モデル英作文を利用して修正したもの,コーパスの傾向を提示して修正したもの,英文校閲者の修正に基づいて修正したものを比較した結果,この順番に母語話者への近接度が高かった(語彙の観点において)。
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石川先生らしい発表で,ライティング研究の専門家ではあまり考えつかないような新しいタイプの研究であった。コーパスデータを提示して指導する試みは面白いのだけれど,あくまでもテーマが限定されていること(アルバイトについて),そして語彙の点からの分析しか行われていないこと,については賛否両論があるだろう。

鈴木渉(宮城教育大学)
「筆記ランゲージング活動は第二言語学習を促進するか?」

ランゲージング(the act of using language to mediate cognition - to bring thinking into existence, Swain, 2010)について。

Swain, M. (2010). “Talking-it through”: Languaging as a source of learning. In R. Batstone (ed.), Sociocognitivce perspectives on language use and language learning (pp. 112-130). OUP.
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勉強不足で知りませんでした。勉強しておきます。

根岸雅史(東京外国語大学),村野井仁(東北学院大学),高田智子(明海大学),投野由紀夫(東京外国語大学)
「CEFRの日本の英語教育への適用:検証と今後の課題」


「国際共通語としての英語力向上のための5つの提言と具体的施策」にもCan-doの重要性が指摘されている。

現在はCEFR-Jの検証段階。たとえば,実際に作成したレベルを教員が判断できるかどうかを検証するために並べ替えてもらったり,中学生に記述文が理解できるかどうかをやってもらった結果などについてのまとめ。今後の予定としては2012年3月にバージョン1の作成,2012年3月9-10日に公開シンポジウムを開催,ARTE Journal,そして『CEFR-Jガイドブック』を大修館書店から出版予定であることなどが報告された。

その他:
CEFRで作成中のEnglish Vocabulary Profile
British Council - EAQUALS Core Inventory for General English
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基本的にシンブルな方が嬉しいので,このような日本版CEFRを作るという試みは大歓迎だ。その一方でまだ情報不足ではあるけれど,Common Asian Framework of References for Languages(CAFR)なんてものを作ろうとしている動きもあるとか。まあいろんな人たちがいろんな想いで基準を作成するのは良いのだけれど,問題はきちんとそれぞれのリストをマッピングすること。じゃないと作っただけで終わってしまいそうな気がする。CEFR-Jがどんなものになるにしろ,それを軸にして互換性を高めたものにして欲しい。みんなで利用してみんなで批判して,みんなで改善して,そのような動きが出てくれば,日本の英語教育も少しは良い方向にいくんじゃないだろうか。

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ということで全国英語教育学会への参加が終わった。毎年いろんな発表を聞きいろんな刺激を受ける場所。そして1年に1回様々な知人・友人に出会いお互いに旧交を温めつつ情報交換をする場所。今回はtwitterで絡んだことがある人に話しかけてみたり,あるいは見かけたみたり,という新しい交流もあった。今後もライティングだけではなく,様々なことを研究させていただきます。今回発表したテーマは大学におけるeラーニングシステムの活用というテーマだったので,あまり受けは良くなかった模様。おそらくLETとかMoodle Mootの方が受けは良かったかもしれません。オーディエンスを意識した発表を考えるというのも重要ですね。オーディエンスが少な過ぎると落ち込むので(笑)。

ASIALEX 2011 Kyoto Conference

 2011年8月22日(月曜日)~24日(水曜日)の日程で行われたアジアの辞書学学会Asialex 2011に参加した(最終日はツアーなので未参加)。元々の興味の関心ではないのだけど,同僚の先生との共同研究の一環で定期的に参加している。Biennialでの開催なので次回は2013年インドネシアのバリで開催されるらしい。そろそろこの研究も潮時だと思っていたけど,バリと聞くだけで参加したくなるのはやっぱり動機として不純だろうか・・・。それはともかく覚え書き。

DAY 1
Chikako Nishigaki, Kotaro Amano, Noriko Minegishi & Kiyomi Chujo
“Creating a level appropriate corpus and paper-based DDL for the high school L2 classroom”

 コンコーダンスソフトウェアを利用して抽出したデータを提示することによって行うdata-driven learning (DDL)の話。コーパスを利用する学習は帰納的学習を通しての自律性を高めるとされている(Braun, 2005; Huan, 2008; Hunston, 2002; O’Keeffe, McCarthy and Carter, 2007)。しかしながら初級言語学習者にとってオーセンティックな言語の中からルールやパターンを見つけるのは困難であると考えられている。そこで本研究ではレベルの適切な紙を利用したDDLを日本の中,高等学校の生徒を対象に行うこととした。
 コーパスは日本,中国,韓国,台湾の中・高等学校の教科書をもとにしている(JCKT English textbook corpus。248,423語)。授業はWarm up(既存の知識の確認),Look(コンコーダンスラインを見てルールを発見),Understand(教員からのルールの説明),Practice,Review,Use(プロダクションにおいて学んだルールを確認する)の5ステップで構成されている。
 実験に参加したのは中学生15名と高校生27名でCEFRで言えばA1とA2に該当すると考えられる。DDLの後,プリテストとポストテストを行った(両方のテストは同じもの)。また5段階からなる質問紙も行った。結果,ポストテストで点数が上昇し,質問紙の評価も肯定的なものが多かった。
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フロアからの質問にもあったが,中,高等学校で使用されているテキストをコーパスとして利用することは適切なのかは今後の課題。疑問としてはCEFRのレベルをどのようにして推定したのか,そして同じテストをプリ,ポストテストとして利用すると点数が上昇するのは当然だろうということ,そして授業の構成にはUnderstandとして教員からの説明も入っているため,DDLの効果であるとは言い切れないことだろう。ただ,中・高等学校での実践でそこまでの統制を求めるのは困難であるし,何よりもコーパスを中・高等学校で利用して教えようという試みは非常に興味深い。今後の実践に注目したい。

Susannna Bae
“For better training in dictionary use: Voice from Korean teachers of English”

 辞書スキル指導の重要性について指摘した発表。先行研究においても辞書スキル指導の有効性は認められている(BIshop, 2001; Carduner, 2003; Chi, 2003; Lee and Min, 2006; Lee, 2007; Han, 2008) 。発表は,発表者が韓国の教員教育機関で22名の小学校,26名の高等学校の英語教員に対して行った実践について報告したものであった。4週間の間にNesi (2003)の辞書スキルの分類も参考にしながら,1)awareness-raising,2)understanding the types, functions, and structures of dictionaries,3)using various types of learners’ dictionaries for production,4)using electronic dicitionariesという段階を踏んで実践が行われた。そして教員からは肯定的なフィードバックが得られた。
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教員からのフィードバックの紹介だけで,実際にどのような辞書スキルトレーニングの効果が得られたかどうかは不明である。しかしながら,学生ではなく学生を教える側の教員へ辞書スキルのトレーニングを行うという発想は非常に興味深かった。

Jim Ronald & Shinya Ozawa
“Electronic dictionary use: Identifying and addressing user difficulties”

 学会参加の主目的である発表を同僚のRonald先生と行った。1回限りではあるが辞書スキルのトレーニングを行い,プリ・ポストテスト(曖昧な新聞記事の見出しを10個訳すというもの)がどうであったか,またNesi (2003)の辞書スキルのアンケートを2回実施し,その意識がどのように変化したかについて報告した。結果的にはプリ,ポストテストのバランスが全く取れていなかったので,スコア的にはあまり意味のあるものは提示できなかったが,アンケートの結果また自由記述へのコメントから,学習者の辞書スキルへの意識が多少高まったことが確認された。
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そんなに興味を持つ人はいないだろうと思っていたのに40名位の聴衆を集めることができたのではないだろうか。そのお陰で,同僚と二人そろって舞い上がった(苦笑)。発表としては詰め込みすぎたのか,この分野に知識を持つ人数名からしかフィードバックを得ることができなかった。はっきり言って研究としては未熟なのだけど,辞書学の分野ではこのような辞書ユーザ研究が近年注目を集めているようだ。

Marcin Overgaard Ptaszynski & Mikolaj Sobkowiak
“Is it all just text production? Examining dictionary use in L1-L2 translation and in free composition in L2”

 テキストの産出を訳と自由作文に分類し,それぞれにおいて使われている辞書スキルを調査したもの。ユーザの背景を知るための質問紙,written protocols,テスト後のインタビューなどを行った。
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様々な手法を使ったりして非常に興味深い発表ではあったのだけど,「熟達度=L2の学習期間」と定義してしまっている点に疑問を感じた。

“Symbosium: E-lexicography: Trends in Japan, Asia and the World”
(Yukio Tono, Jack Halpern, Takahiro Kokawa, Yuichiro Yonebayahshi)

 電子辞書学(?)についてのシンポジアム。まずは投野先生からこの分野におけるいくつかのポイントが紹介された。それは1)automated lexicography(コンピュータによるもの。Sketch EngineやDANTE (a lexical database for Englishなどがある),2)Adaptive dictionaries(ユーザの行動をトラッキングして,辞書を改善しようとするもの:de Schryver. 2009. Artificial intelligence meets e-Lexicography. In eLexicography in the 21st century: New challenges, new applications: Book of abstracts, pp. 49-50),3)Terminology and e-Lexicography(ターミノロジーを取り入れたもの。Weblioなど),4)Social networking and e-Lexicography(Wikitionaryなど)である。これらの視点から,iPhoneアプリとしての辞書や,携帯型電子辞書,Weblioなどの開発者が発表を行った。
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開発者などから直接話を聞けたのは非常に面白かった。フロアからも活発に意見が出ていたように思う。1つの方向性としていかにユーザフレンドリーなものにするかということが議論されていたように思う。確かに開発者の視点からすると正しいかもしれないが,教育者の視点からすると,便利なものになればなるほど学習者は勉強しなくなる。検索行動が楽になればなるほど覚えなくなるような気がしてしょうがない。せっかく紙ではなくデジタルのものを開発するのであれば,最初から教育者の視点を入れたものを開発しても良い気がする。実際電子辞書の購買者の多くは生徒や学生である訳だし。

DAY 2
Robert Lew
“User studies: Opportunities and limitations”
 辞書のユーザ研究について概観したもの。辞書検索行動を調査するものとして,observation (participant / non-participant), self-accounts, think-aloud protocols, videotaping, screen recorders, server logging, eye trackingなどがある。また実証主義的なものと自然主義のもの(Cohen et al., 2007)についてそれぞれの特徴を述べた。その後,ユーザの変数に注意を払うこと,構成妥当性と操作性を意識するこなどの重要性が指摘された。
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近年辞書学学会の中でも大きな位置を占めつつあるユーザ研究について概観したもの。あまり知識を持っていない分野だけに参考になった(英語教育研究の中では当然と言えば当然のことなんだけど)。

Mayumi Nishikawa
“Discourse markers indicating topic change in English-Japanese dictionaries”

先行研究や映画での実際の利用例から談話標識を再定義し,辞書での説明を改善することを提言したもの。扱われた談話標識は,by the way, anyway, now, look, so, okay(Schourup, Dが談話標識について多くの論文を書いている)。
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こういうことには個人的に興味があるので,楽しく聞けた。フロアからの質問に「なぜ映画の台詞を分析の対象にしたのか」というものがあったが,それには一理あると思う。やはり自然な発話と比べると人工的な感じがするのは否めないので,今後は自然な発話を対象とした分析を行うことによって,今回の発表の結論を強化してほしい。
Satoshi Inoue
“How speech-act verbs should be described: A study based on NS and NNS corpus”
盛りだくさんの発表だったので詳細は割愛するが,発話行為動詞(talk, speak, tell, say)についてCEEAUSコーパスをもとに分析したもの。
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フロアから「ジャンルの影響があるのでは?」という質問があった。またとある参加者から「あのような表現は何か不自然じゃない?」とも聞かれた。そういう意味ではやはり1つのコーパスだけに限定して分析を一般化しようとするこは危うい気がする。でも発表としては非常に包括的なものだったし,分析的な方法はとても勉強になった。

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ということで辞書学学会への参加が終わった。最初に参加したのがシンガポールで行われた2005年で,その次は2008年にバルセロナでEuralex(ヨーロッパの辞書学学会)。どちらもとても専門的なものが多くて興味を持てなかったというより,理解できないものが多かった気がする。今回の大会に関して言えば,ユーザの視点に立った研究発表が数多く行われており,勉強になることが多かった。国際学会というと,夜のパーティーも含まれており,その短時間で交流を図るというのは日本人にとってはとても厳しいのだけれど,それもまた経験。今回は2回ともパーティーに参加してしまったので,少し疲れてしまったけれど・・・。パーティーでの場所の取り合い(だって変な場所に座ると長時間苦痛だし)は面白いと言えば面白いよね。ある意味人間力が試される(笑)。

今回の学会参加で思ったのはユーザ研究が注目を集めつつあること,そしてこの学会にも調査手法の厳密さが要求されるようになりつつあるということだ。今後統計的手法を用いた研究発表の数は間違いなく増えていくことだろう。でもこの辞書学学会らしいあたたかい雰囲気や,データなどではなく主観的な分析から述べる主張というのは面白いし,今後も続いてほしい雰囲気ではあるな。

2011年8月7日日曜日

LET第51回全国研究大会「外国語学習での自律性と継続性」(名古屋学院大学名古屋キャンパス)

2011年8月6日~8月8日の日程で開催されたLET全国研究大会に参加した。今回は仕事の都合もあり,参加したのは8月7日のみ。風のない暑い日で昼は味噌カツ弁当,夜は味噌煮込みうどんと,味噌にまみれた名古屋の1日。以下,備忘録。

多様な大学環境における英語eラーニングー学習者アンケートからみえてくるものー
青木伸之(広島市立大学)ほか


 ぎゅっとeを導入している各大学において,学習者の情意面(学習意欲や興味など)が受講中にどのように変化するのか,変化するとすれば教材消化率,不適切学習の発生率などの学習パフォーマンスとどのような関係にあるのか,そしてそれらは導入形態や授業形態などによってどのように異なるのかについての調査。

リーディング:読解速度300wpm以上での学習
リスニング:学習速度3秒以下で学習

のものを「不適切学習」と定義し,質を伴った学習と区別する。また英語力は単純化して,知っている能力と使える能力に区別する。

学習の事前(4月中旬~5月上旬),中間(5月下旬~6月上旬),事後(7月上旬~下旬)にアンケート調査を実施した。やる気役立ち感,態度,努力・まじめ,楽しさ,学習進度,満足度について調査した(今回の調査は太字について)

太字の項目について概観した後,TOEICスコアの伸び率(分母:満点ー事前得点,分子,事後得点ー事前得点)についても簡単に触れていた。

まとめ
マネージメントがある程度の影響を及ぼしている可能性がある。特に学習進度は管理がういほど,自分の進捗状況に好印象を持っている。学習者にとって学習しやすい課題かどうかによっても差がある。役立ち感では,マネージメントの効果は見られなかった。

情意面の変化と実際の学習履歴との関係:
管理の強い大学ほど影響する余地は少なく,コンスタントな学習が見られ,強くない大学では情意面での違いが比較的消化率に影響していた。強い管理が無いことは,やる気の高低に関係なく,学習期間終了間際に駆け込み消化の傾向が見られた。

有効なマネージメントとは?:
学習期間中の細かい締め切りの設定,復習テストの実施の有無,週1回の対面授業の有無などが,管理の重要なポイントであることがわかった。→学習者が自身の学習について振り返ったりチェックしたりする機会をできるだけ提供できるような管理が有効なのではないか?

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以前から思っていることだが,eラーニングに関する研究はまだ発展途上で,理論的背景も十分とは言えず,研究テーマとしては面白いのだが,説得力に欠ける部分が多い。今回の研究はそういった意味では非常に野心的な研究であると言えるのだけれど,提示したデータと解釈の乖離が激しいように感じた。「このデータの理由はおそらく○○だと思われる」ということばが多かったのだけれど,もう少し興味深いデータが欲しいところ。

英語教育における自己調整学習に関する質問紙の作成
香林綾子(関西大学)


学習方略の尺度:MSLQ, SILL, MAIなど。

EFL環境下におけるL2 Motivational Self Systemの検証:英語専攻者と非専攻者を比較して
植木美千子(関西大学大学院)


共分散構造分析(SEM)による分析。

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関西大学の大学院は最近頑張っている。ただ,これが外国語教育「メディア」学会の発表かと言うと,疑問も残る。

協働学習を取り入れた英語ライティング指導の可能性
阿部真(獨協大学)・山西博之(関西外国語大学)


2つの大学で行われた,ペアで英作文を書く活動中に質問紙調査を実施し,学習者がペアで協働することによって「できた(わかった)」ことは何かについての調査。

調査1:
私立大学1年生45名を対象に,「ペアで作文を書く」「ペアで模範作文を参照する」「個別で書き直す」の3段階タスクを実施し,それぞれの段階で「できた(わかった)」ことに関する4件法による10の質問項目と自由記述3項目からなる質問紙調査を実施した(質問紙の項目は発話思考法のデータから得られたもの)。4件法による回答は記述統計量を算出し,自由記述はKJ法を用いて記述内容をグループ化した。それぞれ2人でやったからこそできた「協力」,自分ができない部分を相手が補ってくれた「補助」,自分と違う点が興味深い「相違」に分類した。それらにあてはまらないものは,グローバルなストラテジーという視点での分類が現れていた。

タスクは英検の4コマのストーリーを説明するもの。質問紙の項目は以下の通り。

語彙に関するもの
1.適切な単語を思いつくことができた。
2.どちらを使うか迷っていた単語を一つに決めることができた。
3.表現を多様にするためにどのように単語を言い換えればよいかわかった。
形式に関するもの
4.単語の正しい綴りがわかった(確認することができた)。
5.内容語(名詞,形容詞,動詞の語法など)の適切な使い方がわかった.
6.機能語(冠詞,前置詞,接続詞,関係詞など)の適切な使い方がわかった。
7.文法事項(時制,態,名詞の単数・複数など)の適切な使い方がわかった。
作文の内容やタスクに関するもの
8.絵の中の何を書いたらよいのかわかった。
9.絵の中の情報をどの程度細かく書くべきかわかった。
10.このタスクが何を求めているのかがわかった。
自由記述による質問項目(1~10以外)
11.ペアで作文を書いている段階でよくできたと思うことは何ですか?

調査2:
上記とは別の私立大学60名を対象に,調査2を実施した。調査2では1のKJ法による質的分析から得られたグループを用いて質問項目を作成した(1.パートナーと協力してできたこと,2.パートナーが助けてくれたこと,3.パートナーとの違いで興味深かったこと)。得られた自由記述の回答は,語彙・形式・内容の3つのカテゴリーに当てはめる要領で分類し集計された。

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とてもかりやすい発表でした。今後の予定として,作文の質との関連を探るとのことであったが,その結果が待たれる。

プロジェクトIRCー多読の授業における互恵的な読書環境の創出
水野邦太郎(福岡県立大学)

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KH Coderを使った分析ということで興味深かった。

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広島ー名古屋間の移動を甘く見て,日帰り出張にしたのだけれど,よく考えてみれば往復の新幹線だけで往復5時間。学会会場に滞在した時間は約6時間。あまり効率の良い出張とは言えなかったような・・・。