2011年8月24日水曜日

ASIALEX 2011 Kyoto Conference

 2011年8月22日(月曜日)~24日(水曜日)の日程で行われたアジアの辞書学学会Asialex 2011に参加した(最終日はツアーなので未参加)。元々の興味の関心ではないのだけど,同僚の先生との共同研究の一環で定期的に参加している。Biennialでの開催なので次回は2013年インドネシアのバリで開催されるらしい。そろそろこの研究も潮時だと思っていたけど,バリと聞くだけで参加したくなるのはやっぱり動機として不純だろうか・・・。それはともかく覚え書き。

DAY 1
Chikako Nishigaki, Kotaro Amano, Noriko Minegishi & Kiyomi Chujo
“Creating a level appropriate corpus and paper-based DDL for the high school L2 classroom”

 コンコーダンスソフトウェアを利用して抽出したデータを提示することによって行うdata-driven learning (DDL)の話。コーパスを利用する学習は帰納的学習を通しての自律性を高めるとされている(Braun, 2005; Huan, 2008; Hunston, 2002; O’Keeffe, McCarthy and Carter, 2007)。しかしながら初級言語学習者にとってオーセンティックな言語の中からルールやパターンを見つけるのは困難であると考えられている。そこで本研究ではレベルの適切な紙を利用したDDLを日本の中,高等学校の生徒を対象に行うこととした。
 コーパスは日本,中国,韓国,台湾の中・高等学校の教科書をもとにしている(JCKT English textbook corpus。248,423語)。授業はWarm up(既存の知識の確認),Look(コンコーダンスラインを見てルールを発見),Understand(教員からのルールの説明),Practice,Review,Use(プロダクションにおいて学んだルールを確認する)の5ステップで構成されている。
 実験に参加したのは中学生15名と高校生27名でCEFRで言えばA1とA2に該当すると考えられる。DDLの後,プリテストとポストテストを行った(両方のテストは同じもの)。また5段階からなる質問紙も行った。結果,ポストテストで点数が上昇し,質問紙の評価も肯定的なものが多かった。
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フロアからの質問にもあったが,中,高等学校で使用されているテキストをコーパスとして利用することは適切なのかは今後の課題。疑問としてはCEFRのレベルをどのようにして推定したのか,そして同じテストをプリ,ポストテストとして利用すると点数が上昇するのは当然だろうということ,そして授業の構成にはUnderstandとして教員からの説明も入っているため,DDLの効果であるとは言い切れないことだろう。ただ,中・高等学校での実践でそこまでの統制を求めるのは困難であるし,何よりもコーパスを中・高等学校で利用して教えようという試みは非常に興味深い。今後の実践に注目したい。

Susannna Bae
“For better training in dictionary use: Voice from Korean teachers of English”

 辞書スキル指導の重要性について指摘した発表。先行研究においても辞書スキル指導の有効性は認められている(BIshop, 2001; Carduner, 2003; Chi, 2003; Lee and Min, 2006; Lee, 2007; Han, 2008) 。発表は,発表者が韓国の教員教育機関で22名の小学校,26名の高等学校の英語教員に対して行った実践について報告したものであった。4週間の間にNesi (2003)の辞書スキルの分類も参考にしながら,1)awareness-raising,2)understanding the types, functions, and structures of dictionaries,3)using various types of learners’ dictionaries for production,4)using electronic dicitionariesという段階を踏んで実践が行われた。そして教員からは肯定的なフィードバックが得られた。
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教員からのフィードバックの紹介だけで,実際にどのような辞書スキルトレーニングの効果が得られたかどうかは不明である。しかしながら,学生ではなく学生を教える側の教員へ辞書スキルのトレーニングを行うという発想は非常に興味深かった。

Jim Ronald & Shinya Ozawa
“Electronic dictionary use: Identifying and addressing user difficulties”

 学会参加の主目的である発表を同僚のRonald先生と行った。1回限りではあるが辞書スキルのトレーニングを行い,プリ・ポストテスト(曖昧な新聞記事の見出しを10個訳すというもの)がどうであったか,またNesi (2003)の辞書スキルのアンケートを2回実施し,その意識がどのように変化したかについて報告した。結果的にはプリ,ポストテストのバランスが全く取れていなかったので,スコア的にはあまり意味のあるものは提示できなかったが,アンケートの結果また自由記述へのコメントから,学習者の辞書スキルへの意識が多少高まったことが確認された。
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そんなに興味を持つ人はいないだろうと思っていたのに40名位の聴衆を集めることができたのではないだろうか。そのお陰で,同僚と二人そろって舞い上がった(苦笑)。発表としては詰め込みすぎたのか,この分野に知識を持つ人数名からしかフィードバックを得ることができなかった。はっきり言って研究としては未熟なのだけど,辞書学の分野ではこのような辞書ユーザ研究が近年注目を集めているようだ。

Marcin Overgaard Ptaszynski & Mikolaj Sobkowiak
“Is it all just text production? Examining dictionary use in L1-L2 translation and in free composition in L2”

 テキストの産出を訳と自由作文に分類し,それぞれにおいて使われている辞書スキルを調査したもの。ユーザの背景を知るための質問紙,written protocols,テスト後のインタビューなどを行った。
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様々な手法を使ったりして非常に興味深い発表ではあったのだけど,「熟達度=L2の学習期間」と定義してしまっている点に疑問を感じた。

“Symbosium: E-lexicography: Trends in Japan, Asia and the World”
(Yukio Tono, Jack Halpern, Takahiro Kokawa, Yuichiro Yonebayahshi)

 電子辞書学(?)についてのシンポジアム。まずは投野先生からこの分野におけるいくつかのポイントが紹介された。それは1)automated lexicography(コンピュータによるもの。Sketch EngineやDANTE (a lexical database for Englishなどがある),2)Adaptive dictionaries(ユーザの行動をトラッキングして,辞書を改善しようとするもの:de Schryver. 2009. Artificial intelligence meets e-Lexicography. In eLexicography in the 21st century: New challenges, new applications: Book of abstracts, pp. 49-50),3)Terminology and e-Lexicography(ターミノロジーを取り入れたもの。Weblioなど),4)Social networking and e-Lexicography(Wikitionaryなど)である。これらの視点から,iPhoneアプリとしての辞書や,携帯型電子辞書,Weblioなどの開発者が発表を行った。
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開発者などから直接話を聞けたのは非常に面白かった。フロアからも活発に意見が出ていたように思う。1つの方向性としていかにユーザフレンドリーなものにするかということが議論されていたように思う。確かに開発者の視点からすると正しいかもしれないが,教育者の視点からすると,便利なものになればなるほど学習者は勉強しなくなる。検索行動が楽になればなるほど覚えなくなるような気がしてしょうがない。せっかく紙ではなくデジタルのものを開発するのであれば,最初から教育者の視点を入れたものを開発しても良い気がする。実際電子辞書の購買者の多くは生徒や学生である訳だし。

DAY 2
Robert Lew
“User studies: Opportunities and limitations”
 辞書のユーザ研究について概観したもの。辞書検索行動を調査するものとして,observation (participant / non-participant), self-accounts, think-aloud protocols, videotaping, screen recorders, server logging, eye trackingなどがある。また実証主義的なものと自然主義のもの(Cohen et al., 2007)についてそれぞれの特徴を述べた。その後,ユーザの変数に注意を払うこと,構成妥当性と操作性を意識するこなどの重要性が指摘された。
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近年辞書学学会の中でも大きな位置を占めつつあるユーザ研究について概観したもの。あまり知識を持っていない分野だけに参考になった(英語教育研究の中では当然と言えば当然のことなんだけど)。

Mayumi Nishikawa
“Discourse markers indicating topic change in English-Japanese dictionaries”

先行研究や映画での実際の利用例から談話標識を再定義し,辞書での説明を改善することを提言したもの。扱われた談話標識は,by the way, anyway, now, look, so, okay(Schourup, Dが談話標識について多くの論文を書いている)。
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こういうことには個人的に興味があるので,楽しく聞けた。フロアからの質問に「なぜ映画の台詞を分析の対象にしたのか」というものがあったが,それには一理あると思う。やはり自然な発話と比べると人工的な感じがするのは否めないので,今後は自然な発話を対象とした分析を行うことによって,今回の発表の結論を強化してほしい。
Satoshi Inoue
“How speech-act verbs should be described: A study based on NS and NNS corpus”
盛りだくさんの発表だったので詳細は割愛するが,発話行為動詞(talk, speak, tell, say)についてCEEAUSコーパスをもとに分析したもの。
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フロアから「ジャンルの影響があるのでは?」という質問があった。またとある参加者から「あのような表現は何か不自然じゃない?」とも聞かれた。そういう意味ではやはり1つのコーパスだけに限定して分析を一般化しようとするこは危うい気がする。でも発表としては非常に包括的なものだったし,分析的な方法はとても勉強になった。

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ということで辞書学学会への参加が終わった。最初に参加したのがシンガポールで行われた2005年で,その次は2008年にバルセロナでEuralex(ヨーロッパの辞書学学会)。どちらもとても専門的なものが多くて興味を持てなかったというより,理解できないものが多かった気がする。今回の大会に関して言えば,ユーザの視点に立った研究発表が数多く行われており,勉強になることが多かった。国際学会というと,夜のパーティーも含まれており,その短時間で交流を図るというのは日本人にとってはとても厳しいのだけれど,それもまた経験。今回は2回ともパーティーに参加してしまったので,少し疲れてしまったけれど・・・。パーティーでの場所の取り合い(だって変な場所に座ると長時間苦痛だし)は面白いと言えば面白いよね。ある意味人間力が試される(笑)。

今回の学会参加で思ったのはユーザ研究が注目を集めつつあること,そしてこの学会にも調査手法の厳密さが要求されるようになりつつあるということだ。今後統計的手法を用いた研究発表の数は間違いなく増えていくことだろう。でもこの辞書学学会らしいあたたかい雰囲気や,データなどではなく主観的な分析から述べる主張というのは面白いし,今後も続いてほしい雰囲気ではあるな。

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